魚はあげない。魚の釣り方は教える
キミたちが、お腹がペコペコだったとする。
そこは川。釣り竿はある。
さて、お父さんはどうするか?
お父さんが魚を釣って、
それをキミたちにあげることもできる。
キミたちはお腹いっぱいになって大満足。
でも、ずっとそれを繰り返していたらどうだろう?
お父さんが病気で寝込んでしまったら、
キミたちはお腹ペコペコのとき、どうやって魚を食べる?
キミたちをお腹いっぱいにすることも大事だけど、
それ以上に、
キミたちが自分で魚を取れるようにすることも
大事だと思ってるんだ。
魚の釣り方を教えるよ。
お父さんが教えられることは、なんでもどんどん教えるよ。
でもね、キミたちがお腹いっぱいのときに、
魚の釣り方を学びたいって思うかい?
お腹いっぱいのときは、魚は要らない。
お腹がすいてないと、なかなか魚の釣り方を学びたいって思わないよね。
だから、キミたちがお腹がすいていても、
敢えて魚をあげずに、魚の釣り方を教えようとするときがあるよ。
それでも、なかなか魚は釣れないかもしれない。
キミたちは泣いてしまうかもしれない。
でも、お父さんは辛抱強く、キミたちに魚の釣り方を教えようとするよ。
魚をあげれば、キミたちは喜ぶだろう。
でも、それは本当の優しさかな?
魚をあげたい気持ちをぐっと抑えて、
キミたちに釣りを教えるお父さんは、意地悪かな?
魚の釣り方に限らず、
そうやっていろんなことができるようになっていくんだよ。
できることを増やしていくことが、
キミたちの自立につながるんだ。
だからね、
例えば、お小遣いをたくさんあげないかもしれない。
だって、お金をたくさん持ってたら、
買えるものは多いだろう?
欲しいものが手に入るのが
当たり前になってしまうかもしれないね。
それはそれで、楽しいかもしれない。
でも、お金をあまり持ってなかったらどうする?
あきらめる?
それもいいけど、
「どうしても欲しい」という情熱がある場合は、
どうやってお金を手に入れようか?って考えないかい?
そうやって、自分で考えて、
お金を手に入れて、欲しいものが買えた。
それができれば、キミたちは、
お金の手に入れ方を身に着けたということになるんだよ。
それに、
そうやって苦労してやっと買えたモノの方が、何倍も価値があるよ。

